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セリーグプロ野球球団東京ヤクルトスワローズのなんjの5chまとめブログ

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    杉浦享

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    1: 名無しさん@おーぷん 令和元年 05/01(水)10:53:59 ID:6fg
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190501-00858760-sportiva-base&p=1

    ――1992年の日本シリーズ第7戦。1-1の同点で迎えた7回裏ワンアウト満塁の大チャンス。対戦したのは石井丈裕投手でした。

    杉浦 スライダーが抜群の投手でしたね。僕の場合、インサイドのボールに詰まることはほとんどないんですけど、石井くんの場合はしっかり詰まらされました。曲がりが急だし、すごくいい角度で曲がってくるんです。とても打ちづらい投手でした。 ――前回の続きとなりますが、初戦で鹿取義隆投手から満塁ホームランを打ったことが伏線となって、「アウトコース低めのボールがくるだろう」と読んで打席に入って、まさに、狙い通りのゴロを打ちました。しかし、三塁走者の広沢克己(現・広澤克実)選手はホームでアウトとなりました。

    杉浦 はい。だから、広沢のスライディングはベストではないように見えました。満塁でゴロを放ったのに、スタートが遅れているんです。後にこの場面の映像を見たら、広沢は一度戻ってからスタートをしていました。そして、そのまま真っ直ぐホームベースを目指すべきところ、回り込んでスライディングをしていました。何とかバットの先に引っ掛けてゴロを打ちましたが、結局は得点できなかったんです。
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    1: 砂漠のマスカレード ★ 2019/01/13(日) 01:19:05.27 ID:ZSnFijtb9
    打球スピードは1980年代のプロ野球界でも随一。
    若手時代、王貞治(巨人)に一本足打法を指導したことでも知られる荒川博監督から教わった前傾姿勢が基本で、最初はダウンスイングだったが、
    のちにレベルスイングへ移行して、外角球を強く打つため軸足に重心を残した形でスイングに入ることを意識した。

    80年代は、ほぼ一貫してヤクルト打線の中軸を担った。ベテランとなってからの姿からは意外だが、80年代の前半は俊足も武器で、83年まで5年連続2ケタ盗塁。
    キャリア唯一の全試合出場となった82年からは2年連続でリーグ最多の三塁打も放っている。

    「自分の打法をつかんだ」

    と語るのが85年だ。開幕から四番打者を務めたが、7月10日の阪神戦(甲子園)での死球禍もあって8月に失速。
    それでも最終的には34本塁打、81打点、リーグ7位の打率.314で、打撃3部門すべてでキャリアハイの結果を残し、特に本塁打では胸を張る。

    「死球がなければバース(阪神。54本塁打で本塁打王)に食らいつけたと思う」

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190112-00000007-baseballo-base
    1/12(土) 11:05配信

    https://www.youtube.com/watch?v=nsvXE1brBcQ


    1992年日本シリーズ第1戦 杉浦代打サヨナラ満塁ホームラン(副音声)

    http://npb.jp/bis/players/21723845.html
    成績

    https://www.youtube.com/watch?v=fFSYyofQRfw


    杉浦

    https://image.middle-edge.jp/medium/dab5b85e-109d-4799-bcf7-7127239cbf29.jpg
    https://cdn.img-conv.gamerch.com/img.gamerch.com/mobapro2/wikidb_img/1516417627.jpg

    【ヤクルト杉浦享 引退を払しょくした日本シリーズ初の代打サヨナラ満塁本塁打 1782試合 .284 224本 753打点 109盗塁 】の続きを読む

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