ツバメ速報@ヤクルトスワローズまとめ

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    【お知らせ】ヤクルトの雑談用掲示板できました 右のサイドバーの上部付近に設置しています 荒らし対策で回線事規制してるIPがあります。数日程度で解除致します

    横浜DeNAベイスターズ

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    no title

    1: それでも動く名無し 2022/08/31(水) 12:31:00.02 ID:nLWoxQ9dr
    どうなん

    33: それでも動く名無し 2022/08/31(水) 12:35:26.07 ID:qeeXgU1U0
    直接対決でスイープ食らったの痛すぎなんだよなあ

    【【残り30試合】ヤクルトDeNA7.0ゲーム差←これ】の続きを読む

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    1715251b
    ハマスタみかん氷さん 売れすぎてしまう

    1: 名無しさん@おーぷん 22/08/29(月) 15:39:00 ID:6ipk
    なんかおすすめとかない?
    ちなベイスターズファンってわけではない

    11: 名無しさん@おーぷん 22/08/29(月) 15:41:59 ID:57Wk
    みかん氷って言っておけば外れん

    【明日横浜スタジアム行くことになったんやが】の続きを読む

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    kdy
    https://news.nifty.com/article/sports/baseball/12278-1822978/

    1: それでも動く名無し 2022/08/27(土) 23:02:37.82 ID:ivMhUfHM0
     ○…京山が村上に真っ向勝負を仕掛ける。28日ヤクルト戦に先発する右腕は「僕は逃げずに攻めて。攻めた結果のフォアボールはOKだと思うので、
    逃げずに攻めていきたい。しっかり攻めれば抑えられる打者なので、間違えないように攻めていけたら」と、気合十分。

    プロ1号も放って今季初勝利を挙げた前回21日広島戦に続く快投で、4番を中心にヤクルト打線を抑え込む。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/31cfe49d19d45ff6b1ab4ef87f600f8e732c46c4

    【DeNA京山、ヤクルト村上と真っ向勝負宣言「攻めた結果のフォアボールはOKだと思うので、 逃げずに攻めていきたい。」】の続きを読む

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    1: それでも動く名無し 2022/08/26(金) 23:22:21.98 ID:0g1Vushw0
     最後に、DeNA投手陣が村上と勝負していたことを、好意的に受け止めた。普通なことだが、これだけ勢いある打者に、首位との直接対決の中で勝負したのは、期待したファンにも迫力ある勝負を見せられたと感じた。打たれた大貫は考えなければならないが、仕留めにいったピッチングには、村上を打ち取って試合に勝つんだという気迫は感じられた。(日刊スポーツ評論家)

    https://news.yahoo.co.jp/articles/e59cb90fdc54525a6ad34f9583d65da302f4961b

    jstuj

    【篠塚和典「DeNAが村上と勝負したことは好意的に感じた」】の続きを読む

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    1: それでも動く名無し 2022/08/26(金) 17:39:36.43 ID:CQpXh/yL0
     プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は9月2日だ。

     1998年に38年ぶりの優勝、日本一を飾った横浜ベイスターズだが、それは“突然変異”の優勝ではなかった。前年の97年も快進撃を見せ、2位。しかも7月13勝5敗、8月20勝6敗の驚異的な追い上げで、首位・ヤクルトと最大14ゲーム差を一時は2.5ゲームまで縮め、そのまま奇跡の逆転優勝かとも思われた。

     そこに立ちはだかったのが、ヤクルトの23歳の快速球左腕・石井一久である。

     1997年9月2日、ヤクルトは横浜と3.5ゲーム差で敵地・横浜での3連戦を迎え、先発マウンドに石井を送った。

     立ち上がり、一番・石井琢朗にいきなり四球を与えたが、ストレートが走り、しかも指にしっかりかかっている実感があった。2回が終わった際には、ベンチに戻ると、近くにいた伊藤智仁に「もしかしたらできるかもしれない。狙ってみたいんです」と言った。ノーヒットノーランである。

     4回まではノーヒットも4四球とやや制球にばらつきがあったが、5回以降は完ぺきに横浜強打線を抑え込む。ただ、8回を終わったとき、石井は突然、野村克也監督に降板を申し出たという。そこまで107球、前年の12月に左肩の手術をしたため1試合100球をメドにしていたからだ。要は2回終了時には、100球で記録達成の自信があったということだろうか……。

     しかし、野村監督は、一瞬あ然とした表情を浮かべた後、「アホ、メッタにできることやないだろ。やれるときにやっとけ」。石井は、そのまま9回のマウンドに上がると3人でピシャリ。最後、121球目は、この日最速の151キロを掲示。記録達成後、ナインに囲まれ、胴上げされた。

     さすがの野村監督も「負けられない展開の中で、こんなことが起こるとはな」とぼやきなしの称賛を送った。

     ヤクルトは翌日も横浜に勝ってマジック21を点灯。そのまま優勝まで走った。まさにペナトレースの行方を決した大記録と言えるだろう。

    https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20170902-11

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    2: それでも動く名無し 2022/08/26(金) 17:40:35.99 ID:mau/e3gd0
    はえー

    【横浜旋風を止めたツバメの左腕【1997年9月2日】】の続きを読む

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